オランダ王室

オランダ王室

現在のオランダがデルフトで始まったとも言えることをご存知ですか?

16世紀のオランダでは、スペインの圧政への反発から1568年に反乱がはじまり、独立戦争が勃発。その反乱を指揮していたのが、「オランダ独立の父」として知られるウィレム1世(オラニエ公)で、1572年からデルフトに居を構えていました。その後スペイン軍を破ったのち、彼は宗教の自由と表現の自由を掲げ議会制の国としてのオランダをつくりあげました。しかし1584年に悲劇が起こります。デルフトの居館プリンセンホフで、ウィレム1世(オラニエ公)は刺客バルタザール・ジェラールによって暗殺されます。独立運動の指導者を失ったオランダは、後継者となった彼の次男マウリッツを中心に共和国成立へと歩んで行きました。

その後1815年に現在のオランダ王国が建国されます。彼の血を受け継ぐウィレム1世(オランダ王)が最初の君主となり、現在はウィレム=アレクサンダーが国王として母ベアトリクス王女から王位を継承しています。こうして、デルフトはオランダ王室にとって特別な街となりました。

ここではオランダ王室にゆかりある見どころをおさえましょう。

プリンセンホフ・ミュージアム(Museum Prinsenhof Delft)

現在のプリンセンホフ・ミュージアムが入る建物は、オランダ史史上極めて重要な事件の起こった現場でもあります。1584年7月10日に起きたバルタザール・ジェラールによるウィレム1世の暗殺です。

現在はミュージアムとして、オランダ独立の歴史やオランダ王室に関する展示や、デルフト焼きの展示があります。なんと、彼が暗殺されたときの銃弾でできた痕も階段の壁に残されているので、展示を読むだけでなく、歴史を見て感じることができます。

新教会(Nieuwe Kerk)

この新教会内にあるオランダ王室の地下聖堂には、多くの王室メンバーが眠っています。彫刻の施されたウィレム1世(オラニエ公)の立派な墓石を見ることができます。

ディアモンテン・リング(De Diamanten Ring)

現在は人気のパン屋さんですが、もともと宿屋だったこの”Diamanten Ring“。運命の1584年7月10日、刺客バルタザール・ジェラールは、2つの銃弾の入った銃を持ってこの宿屋を後にし、ウィレム1世の暗殺をはかりました。お店の2階の窓のある部屋に、バルタザールは暗殺前夜に宿泊していたと言われています。

中世の牢獄("Het Steen")

16世紀、マルクト広場にある市庁舎の塔は牢獄として使われていました。ウィレム1世を暗殺したバルタザールの投獄された牢獄がこの”Het Steen”。ここで彼は尋問拷問され、1584年に死刑を宣告されました。中世では、囚人たちは拷問を与えられることが多かったため、投獄された後に生きて外に出てこられたら幸運だ、と言われていたようです。

“Het Steen”は学校の長期休暇中、毎日正午からスタートするガイドツアーで見学することができます。詳しくはデルフト観光局(VVV Delft)まで。

旧教会

デルフト市民から通称 “Oude Jan”と親しまれている旧教会には、フェルメールが埋葬されていますが、王室にも縁のある教会です。

オランダ現国王のウィレム・アレキサンダーの弟フリーゾ王子は、2004年に旧教会で結婚式を執り行いました。(2013年にスキー事故で悲劇的な急死を遂げた彼は、デルフトに埋葬されていない数少ない王室メンバーのひとりです。)

旧教会は、1240年に建てられ、その傾いている塔が有名です。修復され、内部がとても美しく生まれ変わりましたが、現在は、外部の修復作業中。1548年に彫刻の施された説教台や、27のステンドグラスは特に印象深いものです。

地図

地図上のオレンジ色のアイコンがデルフト焼き関連の見どころです。